鳥取・鹿野温泉の公共の宿「国民宿舎山紫苑」

山紫苑って?| 鳥取・鹿野温泉「国民宿舎 山紫苑」

株式会社 ふるさと鹿野
お問合せ 交通アクセス 宿泊予約・空室状況 日帰り予約・空室状況
HOME お部屋 お風呂・天然温泉 お料理 施設とサービス 交通アクセス 宿泊プラン・日帰りプラン
鳥取・鹿野温泉「国民宿舎 山紫苑」 :トップ >山紫苑って?
山紫苑って?
伝統
■鹿野温泉の由来
 昔から今市越路谷の水田に温かい湧き水があり、寒い冬には水蒸気が立ち上っていたこの付近の地名を湯鼻と呼んでいることからも、この付近に湯がわくことが知られていました。

百数十年前から、温泉を堀ってその利用を願う地元の人々の手で根気強く掘られましたが、幾度となく失敗に終わりました。
大正十年ごろ温泉の夢を捨てきれなかったある人物が、冷泉に熱を加え男女の湯小屋を建てました。その当時、「今市に温泉が出るそうだ。」「万病によく効くそうだ。」と地元はもとより近村に評判になり、浴場はいつも満員であったといわれています。これが鹿野温泉の由来です。

やがて昭和二十八年に本格的な調査が始まり、翌年、今市の湯花を掘削したところ浴用に出来る程度の泉源を発見することができ、待ちに待った公衆浴場の建設がされました。これがきっかけとなりあちこちで試掘されるようになりました。

泉源は浅くは30メートルから数十メートルから汲み上げられているということです。
昭和三十年の町村合併により鹿野町が誕生し温泉の開発、管理行うようになると泉源も増え、「鹿野温泉」として知られるようになりました。
■山紫苑の由来

 鹿野町は、昭和47年4月に良質な温泉を利用して国民に健全な休養宿泊施設を提供し、その保健衛生の向上と鹿野町の観光事業振興に寄与することを目的として、町営国民宿舎山紫苑が建設されました。

鹿野町はこの温泉を保養やリハビリーのために利用するとして、昭和41年に「国民保養温泉地」として国から指定されました。
そして昭和47年4月にこの良質な温泉を利用して国民に健全な休養宿泊施設を提供し、その保健衛生の向上と鹿野町の観光事業振興に寄与することを目的として、町営国民宿舎山紫苑が建設されました。

当時は、回りは田んぼで民家もなく洋風の建物がよく目立っていました。
客室は20室、定員81名で1階の部屋は植物の名前が付けられ、2階は自然現象の名前、当時としては贅沢な造りといわれていました。

地元では京風の薄味がなじまれず、吸い物は「水を飲ませるのか」いわれたこともあるとわれています。そんな中で何か名物を作らなければと考えられたのがスッポン料理でした。その味は現在も変わらず山紫苑の名物料理として好評を得ています。

まだ全国の国民宿舎に露天風呂がない頃、山紫苑には一箇所だけだが広い露天風呂ができました。回りに目隠しのない本当に開放感のある露天風呂で、数人の年配の男女が和やかに混浴している姿がよく覗われました。
「広々とした庭が眺められる露天風呂」として山紫苑にもう1つ名物ができたのでした。

平成6年には鷲峰山をイメージした新館が増築されました。建物の上に取り付けてあるオブジェを見て、「あれは菅笠だ。いや、鷲のとさかだ。」などとよく言われていたが、鷲峰山のイメージで設計してあることから鷲の頭であるということです。

また、夜になると山中鹿之介の兜に付いている三ヶ月のように見え、これが幻想的に浮かんで見える場所あることはあまり知られていないようです。

やがて、温泉ブームから、男女別々の大きな石を施した露天風呂が平成12年に完成しました。
山紫苑は開設以来かずかずの歴史を経て、昨年35周年記念イベントを済ませ新たな気持ちでお客様をお迎えしています。  
■日本経済新聞で鹿野温泉が紹介されました。
山あいの静かな城下町
 
(以下記事より抜粋)
鳥取市の西方、のどかな山あいの田園に湯煙を上げる鹿野温泉(鳥取市)を訪れるのは11年ぶりであった。
お世話になる「国民宿舎山紫苑」の支配人、林宏一さんが、近くに土地の人だけが通う共同湯があると教えてくれた。
確かに「今市集会所」に「元湯」の表示が掲げられていた。鹿野温泉の開湯にかかわる温泉に違いない。
ご年配の方がひとりで入浴していた。声をかけて 、澄明な湯を味わわせてもらうことにする。肌当たりの良いまさに土地の人がいう“おんな湯”だ。

冬の山陰に鹿野を訪れたのは、司馬遼太郎の「街道をゆく」に触発されたからである。鹿野が城下町であったとは。
「通りは水の底のようにしずかで、ときど京格子の町家や、白壁に腰板といった苗字帯刀身分の屋敷などがのこっている。ぜんたいにえもいえぬ気品をもった集落なのである」

戦国時代の天正9年(1581年)、出雲の出身で山中鹿乃介の門弟であった亀井茲矩(これのり)は、秀吉の鳥取城攻めの際に手柄を立て、1万3千石で鹿野城を与えられた。

四半世紀前に司馬遼太郎が「水の底よりしずか」と書いた城下町は、往時の余韻から目覚め、生気が戻りつつあった。

亀井茲矩は歴史上有名な人物ではない。が、鹿野の人々は、今なお「亀井さん」と、親しみと敬いの気持ちを込めて呼ぶ。かつての山城の下に内堀、外堀が豊かな水をたたえ、水鳥が遊ぶ。

京格子や白壁の町家
城の周辺の殿町(武家屋敷)、その外側の上町、下町の商業地区、さらに外側の紺屋町、大工町、加治町などの職人町を歩く。強風の千本格子や、白壁の町やは凛としていて美しい。縦横にめぐらされた用水路も町割りも茲矩の時代のまんまなのである。これこそ現代に蘇る“和モダン”というべきものだろう。
NPO法人いんしゅう鹿野まちづくり協議会が空き家を活用して運営する「ゆめ本陣」には、地元の人による手づくり小物が所狭しと並べられていて、女性客でにぎわっていた。
近くの食事どころ「夢こみち」で、すげ笠を器にしたユニークな「すげ笠弁当」を食す。地元の食材をふんだんに使った弁当は鹿野の顔になりそうである。
国民宿舎に泊まるのは久しぶりだ。7000円の宿泊料とは思えない料理の良さ、しかも庭園露天風呂つきの大浴場は源泉掛け流しときている。ありがたい。
翌日、昼食に合わせて「鹿野そば道場」で鹿野産のそばで、そば打ち体験をした。
「石臼で挽いた十割そばは粒子が細かいのでのど越しがいいですよ」
女性指導員の手ほどきを受けて打った、香り立つ新そばの旨かったこと。城下町にはそばが似合う。もちろん、湯町にも。
■山紫苑でごゆっくり、おくつろぎください
 歴史の息づく庭園、趣のあるお風呂やお料理。
これらすべてが調和した優雅なひと時を、ごゆっくりお過ごしください。
お部屋から見える広大な日本庭園は旅の疲れが癒されます。
庭園の見えるお部屋
鹿野温泉は弱アルカリ性で、通称「おんな水」といわれるほど肌に非常にやさしく、入 浴後、肌にツヤツヤ感が得られる泉質で好評です。
~お持ち帰り化粧水になるほど滑らか泉質~
山紫苑では、この天然温泉(50℃~80℃)をかけ流し湯として、全浴室に使用しています。
お風呂・天然温泉
「季節の会席料理」、「季節の鍋料理」
「山紫苑お勧め料理」そして「慶弔料理」等、
多彩にご提供しています。 お客様ご自身のお好みによってお料理を自由にお選びいただけます。
地元の食材を活かしたお料理を、どうぞご満喫ください。
お料理
宿泊プラン予約・空室情報
日帰りプラン予約・空室情報
facebook instagram
山紫苑 スタッフ便り
お客様の声
Q&A よくある質問と回答
お支払い・キャンセルについて
交通アクセスのご案内
お問い合わせ・相談窓口
旅行代理店の皆様へ
観光スポット紹介
ぐるりん周遊観光コース
鳥取県観光スポットへの所要時間
鹿野町観光スポット紹介
雪道ナビ
ふるさと鹿野・会社概要 鹿野そば道場・そば打ち体験
リンク集
サイト内で使用されている全ての画像・文章の著作権は株式会社ふるさと鹿野に帰属します。これらのデータを無断で複製・転載・販売することを固く禁じます。
株式会社ふるさと鹿野 国民宿舎山紫苑 鳥取県鳥取市鹿野町今市972-1 TEL:0857-84-2211 FAX:0857-84-2462
お支払い・キャンセルについて プライバシーポリシー サイトマップ リンク集 会社概要